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岡崎律子的非官方中文资料站

●第38号掲載分(1999年11月18日)

那件事发生在录制这次的曲子的一天。
工作结束后和大家一起坐电梯下楼时,我随口问了一句“从我那个方向看的右边的扬声器前,一直站在那的穿蓝色衬衫的男人是谁?”,听闻此言挥Y氏和S氏面面相觑,都没说话。
我心里一惊:“诶?!”——这么一来总觉得那是一个“大家都没看到”的人。
我在唱歌的时候为避免走神,一旦进入了录音的包厢,就不看玻璃对面的人们。然而就算我刻意不去看,那个人还是进入了我的余光里。
刚开始我以为是中途先回去的吉他手在恶作剧,还觉得他一直站在那儿可真奇怪。
但是,那个人并没有做出一副很可怕表情,身子也不是透明的,所以我完全没往幽灵之类的方面想。他只是非常普通地,站在那。
说起来在录音棚的角落里放着一小堆盐,这两者之间会有什么关系吗?——这同样是个疑点。【日本人喜欢在一些公共场合的角落放一堆盐以利,同时也有人认为盐是辟邪驱魔之物】我觉得还是不要再刨根寻底下去比较好。
十月份过得非常开心。现在却…非常难受。
九月份时我和一个新认识的朋友很投缘,一来二去我们聊了好多有趣的事情。
但是突然从上上周开始,我们之间的交流有一种中断的迹象,这种迹象使我陷入了深深的困惑中。
“我是不是做了什么不该做的事情呢?”,一边这样想,一边抱着迷茫的心情度过着每一天。
昨天收到了那个人久违的信件,但能感到对方果然跟我保持着距离。
到底是为什么呢?是因为我刚好处在为作词而苦恼的时期、碰巧对方能带给我动力,于是有意无意向其寻求鼓励,结果使对方的心情变得沉重了如果是这样的话,我会沉下心来…好好反省。和以前相比,我已经非常努力在做一个“不复杂”的人了,但到底还是可能会有类似于这种,由于我坦率而给别人造成困扰的事情发生…想到这儿我有些沮丧。
我需要别人,也希望被别人所需要。这种想法不管在什么时候都是一定存在的。
这样的心情有时能得到满足,有时则不能。时而使人欢欣雀跃,时而又令人苦闷烦躁。
但是,正因为感受到了痛苦和难过,接下来发生的某些事情才显得生动而鲜明。←这是周日下午六点前松任谷由实【
日本知名创作型歌手、词曲在广播节目里说的。11月的现在,这个时间天已经完全黑了。
换个话题吧,你喜欢花吗?我总是在房间里的两三处地方少放一些花(放太多的话我怕过敏)。
前段时间我在一条不知名的街道来回溜达,发现了一家有相当多可爱野花的店。上前挑选后,最终在一众白色小花束里选择了两支黄色的花。
随即店员帮我包好,递给我时一边说“这个是赠送的”,一边插进一朵饱满的白花。我高兴极了,情不自禁在心里喊出即兴编的顺口溜:“小小喜,大大的幸福!!”。
现在我深刻感受到,花这种东西…原来自己买和从别人那收到所产生的两种喜悦感是如此的不同。向店员道谢后,带着一路的好心情回了家。
在这个季节里我喜欢的食物是鸭南蛮(我是乌冬党)【*日本的一种葱花鸭肉汤面,一般搭配荞麦面或乌冬面】,以及醇香清茶配司康面包。从昨天始我还迷上了咖喱。虽然我不太喜欢放了很多香料的食物,但如果因此放弃那些从没尝试过的味道就太可惜了,所以这个冬天我打算多吃吃看各种同的食物。虽然我还没去吃别人推荐给我的“じゃんがら”拉面,但现在不知道为什么突然想去高山(飞弹高山的那个高山),所以对高山拉面(听很有名?)更感兴趣。
那么,下次再会了!注意不要感冒哦。

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10月某日(星期日)…带着录制曲子的兴奋劲儿去参加了初中同学聚会。
好久没见的同学们对我说的最多的一句话就是“你长高了呀”。
虽然不管是排队还是座位什么的我基本上都在最前面,但真没想到给大家留下了如此鲜明的“矮个子”的印象…
初中那个时候我很乖巧安静,即使有什么想说的话也不怎么讲出来,仿佛从头到脚都罩在一个憋屈的袋子里,所以我觉得现在的生活更轻松愉快。于是以前在朋友说“那个时候是最美好的”时,我会泼冷水道:“…我完全不觉得有多美好”。
但是放到现在的话,我会觉得还是注意一下别把话讲那么直接比较好。

11月某日(星期一)…看了电影《红颜祸水》。
在那个绝美而又动荡的时代,威尼斯的一组男女贯彻爱与正义的故事,令我十分陶醉。
有一种说不上来的、让我开始思考“爱的出发点是什么”的感觉。
出电影院的时候,有个人跟我搭话:“不一起聊聊这部电影吗?”说着就要邀请我一起喝茶。我连忙拒绝:“我现在就准备回了”。这种轻易地跟素不相识的人搭话的品味,我是没法理解的。
不过总觉得晚上九点以后的街道和行人都是闪闪发光的,非常漂亮。所以大约有一站地的距离我是快速走回去的。
PS.告诉我联动消息的各位,谢谢你们。当然是OK的。
还有就是给林原小姐的专辑或广播节目连同我一并发来感想的各位,真的非常感谢你们。 邮件也是老样子,我都有认认真真地在读,谢谢大家。

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【*彩蛋1】
这篇日记里提到的じゃんがら拉面,可能是“九州じゃんがら”,总店在秋叶原,其在表参道、银座、赤坂等地都设有分店。

【*彩蛋2】
飞弹高山位于日本岐阜县,海拔3000多米,有“小京都”的美称,在一些地方甚至比京都更有韵味。还是电影《你的名字。》中女主老家的取景地。是个不可多得的精致而又充满惊喜的旅行圣地。
日本共有两个城市写作“高山”,另一个位于鹿儿岛县。


それは、今回のVocal録りの日でした。
帰りのエレベーターの中でのこと。「私の側から見て右のスピーカーの前に、青いポロシャツの男人がずっと立ってた? 誰?」と何気なく聞くと、ディレクターY氏とS氏、顔を見あわせて沈黙.。
「…えっ?!」―――どうやら、それはみんなには“いなかった人”らしかった。
私は歌う時は、気が散るので、一旦ボーカルブースに入ると、ガラスの向こうの人たちを見ない。でも、見なくても視線の端に、その人は入っていた。 はじめ、「途中で帰るね。」と言っていたGuitarist氏が何かお茶目なことでもしてから帰ろうとてるんだナと思っていたら、ずっといるからヘンだなとは思っていました。
でも、その人は別に恐い顔で立っていた訳でもなく、透けてもいなかったので、全然そうとは思いせんでした。 ごく普通に、いた。 そういえばそのスタジオの隅には盛り塩がしてあったのだけれど、何か関係あったのでしょうか―――それもわからない。 追求するのもよしておこうと思います。
10月は浮かれていました。 今は…とても苦しい。
9月に新しく知り合った人といろんな話をして、楽しくやりとりしていました。
でも、先々週からプッと何か途切れた気配がして、私は困惑に突入。
何かいけないことしてしまったのかと、ウロウロさまよう気持ちで暮らした。
昨日、しばらくぶりに手紙を書いてくれていたけれど、やっぱり距離をとっているのがわかった。
なぜだろう? ちょうど作詞で苦しい頃、折にふれ支えにさせてもらっていたことが、その人の心重くさせたんだったか。 ならば、反省…と共に、沈む気持ち。 以前と比べると、私はずいぶん“ずかしく”ない人間になってきてるつもりでいたのだけれど、やっぱりそういうところがあるのかもと、しぼむ。
人を求め、私も求められたい、という気持ちはいつも必ずある。
それは叶ったり叶わなかったり、嬉しくなったり切なくなったり。
でも、苦しく切ない気持ちがあるから、次の何かをヴィヴィッドに感じとれるのだって。←と言ってユーミンのラジオを聴いていた日曜の18:00前。 11月、この時間の外はもう真っ暗でした。
さて、あなたは花が好きですか? 私はいつも部屋に2~3ヶ所、小さく(たくさんだと匂いに負るので)置いています。 この前、知らない道をぐるぐる散歩していたら、可憐な野の花がいっぱいあるお店をみつけて、白い小花の束に黄色のを2本だけ選んだ。 すると、包んでくれてた店員さん、「これ、おまけです。」と白くて丸い花を一輪、入れてくれた 私は嬉しくて、心の中で“小さなサービス、大きな幸せ!!”と、即興のキャッチコピーを叫んだネ!
お花って…、自分で買うのと誰かが贈ってくれるのとでは、こんなにも嬉しさが違うってコトを改め実感して、“ありがとう”とスキップのきもちで帰った。
この季節のお楽しみメニューは、鴨南ばん(私はうどん)と、おいしいお茶&スコーン。 昨日かカレーにもとりつかれています。 スパイシーなのは苦手だけれど、知らない味があるのももったない気がしてきたので、この冬はいろんな食べ物にトライしてみるつもり。 教えてもらった“じゃがら”のラーメンも未体験だけれど、今、なぜか高山(飛騨高山の)に行こうと思い立っているので高山ラーメン(有名なのですって?)は食べてこよう。
それでは、また! 風邪ひかないで。

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10月○日(日) …レコーディングで舞い上がる中、中学の同窓会に行く。
久しぶりに会ったみんなから言われたことは、“おっきくなったね”でした。
だいたい一番前だったけれど、そこまでくっきりチビッコとして認識されていたとは知らなんだ…。
その頃、おとなしくて言いたいこともあまり表に出せず、まだ頭から窮屈な袋をかぶってたみたいな私は今のほうが楽しいので、友達の“あの頃が一番よかったネ”の言葉に、“…全然”と水をさしてしまった。
今じゃあ、あまりに直球でバシッと言いすぎぬよう気をつけなくては、と思うほどの私です。
11月○日(月) …映画「娼婦ベロニカ」を観る。
美しき時代~激動のベネチアで、一組の男女が愛と正義を貫く話で、うっとりと感動した。
なにか、愛についての原点というようなものを思い起こさせられた感じ。
外へ出ると、“今の映画について語り合いませんか?”と私をお茶に誘う人がいた。“このまま帰りたい気分ですから。”と答えたけれど、ああも簡単に見ず知らずの人に話しかけることができるセンスは、私には理解不能。
でも、21:00過ぎの街と人がなんだかキラキラきれいだったので、一駅ぶんズンズン歩いて帰る。

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P.S. リンクのお知らせをくださる方、ありがとう。 もちろんOKです。
それから、私にまで、林原さんのアルバムやラジオのご感想を送って下さって本当にありがとう。
メール、あいかわらず嬉しく読ませていただいてます。

本文是翻译内容,翻译自岡崎律子Book, 译者:貓总